連載小説 秘められた青春 芙蓉と葵  (2)-2

               この小説はフィクションです。


         

                 (2)ー2

                  

日比谷花壇大船フラワーセンターの温室で撮った花
(2022/6/20/写す)

(2)-2の登場人物  紺野 芙蓉

         東京の大家さん

         梶原響子  大学4回生 下宿人 フランス語科

         鈴原美鈴  短大2回生 下宿人 英文科


 大家さんは、戦争未亡人だった。彼女は敷地内の離れの方に会社勤めの一人息子と住み、広い母屋の方を三人の女子学生に貸していた。芙蓉は、二階二部屋、下一部屋のうちの二階の東向きの部屋を借りた。

 芙蓉のほかの二人の住人の内、一人は四年生大学の四回生だった。この人は二階の西側の部屋を借りていた。下の階にいるのは、同じ短大の二回生だった。

 芙蓉はまE短大に入ったのですって。上がって」と言っていきなり部屋に招じ入れられた。

 出窓のある洋室にベッドが置かれ、ピンクのフリルのついた小花模様の可愛らしいベッドカバーが掛かっていた。そのそばには、洋風の背の高い電気スタンドがあった。芙蓉は一人掛けのソファーに座り、響子は勉強机の椅子に腰かけた。

 部屋には香水の香りが漂い、響子は綺麗に化粧していた。

「私これから出かけるの。夜遅く帰ってくると思うけど、気にしないでね。もう私、3年生のうちにほとんど単位とったので、今年は卒業論文とあと二科目とったらいいの。私フランス語専攻だけど、あなたは何?」

「私は国文です」

「あら、そうなの。折角なら外国語とった方がいろいろ面白いのに」

「はあ」

芙蓉は思ったことをつけつけいう響子に驚き、これが都会というものかと思った。

「これから、あなたにもいろいろお世話になると思うけど、よろしくね」

と言って、コーヒーをサイフォンで入れてくれた。粉のインスタントコーヒーしか家では飲まなかった芙蓉は、これが上流社会というものかと恐縮した。

 芙蓉は自分の部屋に帰った。芙蓉の部屋は和室で、布団を敷いて寝ることにしていた。お化粧はまだしたことがなかった。

 階下の台所は、三人で共同で使うことになっていた。

 芙蓉はご飯を炊くために台所に降りて行った。

 すると下の住人が、お鍋を洗っていた。同じ短大の二年生の人だった。

「今度来ました紺野芙蓉です。さっきご挨拶に行ったのですけど、お留守だったので失礼しておりました。同じ大学の国文科に入りました。よろしくお願いしますね」

「あら、あなたが?大家さんには聞いていました。私は英文科ですがよろしくね。私は鈴原美鈴です」

 美鈴は、芙蓉と同じに化粧っけはなかった。

 これから仲良くできそうだった。

 ご飯を炊いて、簡単なおかずを作って、明日の大学への持ち物を整えて、眠りについた。

しばらくすると、階段をギシギシいわせて上がってくる足音がした。足音と同時に話し声と忍び笑いの声が聞こえた。すぐに隣の部屋の鍵を開ける音がした。

 ひそひそと話している声が壁を通して聞こえてきた。一人は男性の声だった。

 寝ぼけていた芙蓉の頭はだんだんと冴えてきた。響子とボーイフレンドが、長ーく優しく睦みあう声がかすかに聞こえてくる。芙蓉は体がほてってきた。体が何かを求めているようだった。柳原君を求めていた。響子とそのボーイフレンドのように、二人でやさしく睦みあいたかった。先生の行為は固く唐突で、一瞬が過ぎるとすぐ拒絶しほうり出されたと感じた。それでいいのだ。それで自分は救われたのだ。何事もなかったのだ。と、何度も自分を欺こうとした。平静を装っている芙蓉に、周りの人は以前と同じ感じで接している。忘れさえすればいいのだと芙蓉はなるべくあのことは考えないようにしていた。

 だが響子とボーイフレンドの気配は、体の内から自然に盛り上がってくる自分ではわけのわからない欲求を誘い出していた。その瞬間誰でもいい誰かに抱かれたいと感じた。

 翌朝、着替えてミルクを沸かそうと台所に降りると、手前の玄関で響子がボーフレンドを送り出すところだった。スーツを着た会社員風の後ろ姿のすがすがしい人だった。

 芙蓉の姿を見つけると、響子は

「ねえ、お願い、大家さんには内緒にしておいてね、言わないでね」と言って両手を合わせた。

 芙蓉は「勿論ですわ」と首をかしげてしおらしく応じながら、昨日挨拶に行った時、初めてなのに部屋に通してくれて、「よろしくね」と言った意味が分かった。

 

 

 

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