2022年1月18日 西行の和歌(藻塩焼く浦のあたりは立ち退かで・・・) と 自作小説 2

藻塩焼く浦のあたりは立ち退かで

     煙あらそう春霞かな 

           西行 

砂浜に立っている男女の前には、霞に覆われた海が広がっていた。

浜辺に打ち寄せる波の音は優しかった。

浜辺のはずれで、流木を焼く煙が、空高く立ち上っていた。

美沙子は、心地よい興奮に身を任せながら恵三の腕にそっと手をかけた。

恵三はしばらくすると、美沙子の手を振りほどくように腕を抜いた。

「いやなのね」

「いやということはないが、目立つよ」

「誰もいないのに!」

「用心にこしたことはないよ」

「じゃ、いつものようにホテルでお別れしたらよかったのに!」

「君があんまり海へ行こうと誘うものだから」

「じゃ、もう腕は組まない。でも、あそこの岩に腰掛けて、もう少し海を見ていたいわ」

「いいよ」

美沙子は恵三を促すように先に立って歩き始めた。

二人は岩場に身を隠すように腰かけた。

二人の足元で、波が飛沫をあげていた。

美沙子は、恵三のご機嫌をうかがうように横顔を眺めた。

「ねえ、今何を考えているの?」

「仕事のこと考えていた。明日から新しいプロジェクトが始まって忙しくなる」

「新しいプロジェクトって、どんなもの?」

「うーん、君に言っても分からないと思う」

美沙子は、ぐさりと胸に刃を突き付けられたように、落胆した。

恵三の全てとともに歩んでいきたいのに、恵三の方ではそれはどうでもいいらしい。

美沙子の肉体が欲しいだけなのだ。

「そろそろ帰らなくっちゃ」と恵三は立ち上がった。

「もうちょっと、あなたと居たいわ」

「今日は約束があってね」

「何の約束?」

「ちょっとね」

恵三は背中を見せて歩き始めた。

美沙子は仕方なく立ち上がって恵三に従った。

砂浜に降りて、美沙子は恵三にすり寄っていき、肩を並べて歩き出した。

「ちょっと離れてくれないか。向こうからくるカップルは同僚かもしれない」

恵三は小声だが怒るような調子で言った。

美沙子は慌てて恵三から離れた。

恵三は、早足で歩き、どんどん美沙子を離して行った。

美沙子は歩くのをやめた。

涙で覆われた目に、流木を燃やす煙が、浜の遠くで立ちのぼるのが見えた。


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