2022年1月18日 西行の和歌(老いゆけば末なき身こそ悲しけれ・・・) と 自作小説 3

 老いゆけば末なき身こそ悲しけれ

      片山ばたの松の風折れ

            西行

久子は雨戸を閉めた。

雨戸はペンキがはげ落ち外から見ると貧乏たらしかった。

近所はとっくにアルミ製の雨戸に変えている。

自分の家があるだけで、街の評価が下がると、町内の人々は眉をしかめているに違いない。

久子は毎晩こたつの上にレシートを取り出して家計簿をつけた。

家計簿をつけながら、今日も、昨日と同じ何の変哲もない無意味な一日が終わったと思うのだった。

一か月の収入は、遺族年金と国民年金を足して、13万円だ。

電気、ガス、水道も節約し、年金を、糸をつむぐように、細く細く細く引き伸ばしながら使わねばならないと思うのだった。ニュースはテレビで見ることにし、新聞をとるのもやめた。

夫の弟妹も、自分の兄弟も皆死に果て、身寄りがない。血のつながりが辛うじてあるのは、甥二人だけだったが、この二人も遠隔の地に住んでいる。

体の動く限りは、今までの生活を続けていきたいと久子は思っている。それでもし体が動かなくなったら、施設に入れてもらいたいと民生委員にお願いしている。

病気のことは極力考えないようにしているが、眠られない夜など、知人が手術をした話などを聞くと恐ろしさが募ってくる。

入院費もかかるだろうし、貯金が百万円を切っていることを思うと、心細くてなかなか眠れない。

そんな時は考えまい、考えまい、どうにかなるさと首を振って、楽天的になろうと自分に言い聞かせ、ようやく眠る。

そんな時でも、朝が来て  太陽が明るく部屋を照らすと、久子は夜の不安を忘れている。

だが、倹約を心掛け年金の中だけで暮らそうとするあまり、久子にはおかしな癖がついた。

朝起きてから寝るまで、自分のしている事を、いちいち、これはお金のいらないこと、これはお金がいることと、考えてしまう癖だ。

朝いちばん、元気に満ち溢れ道を掃く。これはお金のかからないことだと考える。お金がかからないで綺麗になるのはいいことだと考える。バケツの中で雑巾を絞る。これもお金はあまりかからない。掃除機は?電気代がちょっとかかるかなあ。箒にするか。バスはやめてなるべく自転車。

歌を歌うことにはお金はかからない。声帯を使ってタダの空気を出したり入れたりしているだけだもの。タダで楽しいのだから歌は歌いましょう。テレビはお金がかかると言っても、それがなければ、どうやって一日をつぶす?これは必要悪よ。

そうやって倹約しているのに、ある日大風が吹いて瓦が飛んだ。裏の家の奥さんから危ないと抗議がきて、泣く泣く四十万円で屋根を直した。もう、病気になった時のためにとっておいたお金が、五十万円になってしまった。最後の砦はこの家を売ることだけだ。

久子は委縮し、歌を歌うのはお金がいらないかもしれないが、歌を歌えばお腹がすく、お腹がすけばお金がいると思い、歌を歌うのさえやめてしまった。  



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