長く生きすぎたのかなあ?

日比谷花壇大船フラワーセンターの温室で撮った花
(2022/6/20/写す)
最近朝起きてベッドから立ち上がる時、左膝の具合が悪く、なかなか1歩が踏み出せない。机に手をつきようやく立ち上がり、棚やドアーに手をつきながらかろうじてトイレへ。トイレには前の住人がつけていた手すりがある。それを握ってようやく、ということになる。
一年前に整形外科に行った時、左ひざにまだ擦り減ってはいるが軟骨があったので手術はすすめられなかった。
ところが今度は、引っ越したので別の整形外科で診てもらったら、左ひざの内側の軟骨が全くなくなっているので、手術して治すより方法がないといわれた。
私「麻酔から目が覚めたらぼけているということはないかしら」
医師「そんなことはないと思う。82歳の女性でも手術してもう4年になるが元気に歩いている」
私「手術の費用は、高いんでしょう」
医師「健康保険には最高でいくらという限度額があるから、手術そのものがいくら高くても、限度額でいける」

入院期間を聞くのは忘れたが、帰ってから高校時代の同級生に聞くと、2,3か月かかるとか。
費用は食事代とかおむつ代とか洗濯代とか加算されるから、10万円は最低でもかかるらしい。
入院期間といい、費用といい、今それだけの余裕が全然ない。
それに生まれてこの方、お産以外に入院したことがないので、手術なんて怖くて。
同級生が、骨がボロボロになって、手術で出来なくなったら困るよ、と。
また、歩くのが痛くて家でばかりいるようになると、ますます歩けなくなるよ、と。

意地を張って外を歩いた。
左ひざの内側をねじらないように、まっすぐ足を上げて歩いた。
昨日は、図書館までバスに乗ったりして往復3300歩歩いていた。
余り痛くなかった。その代わり、カートを押したり引いたりしてゆっくりゆっくりである。

転ばぬ先の杖、的な生き方をしてこなかったので、今本当にいろいろな面でしわ寄せがきている。

神や仏に祈りをささげても来なかった。
しかし今、どうかどうか今日も無事で明日も無事でと、何に向かってとは言い難いけど、何かしら手を合わせる夜もあり朝もある。









 

コメント

このブログの人気の投稿

白髪隠しに帽子を被る

掌編小説 「ノストラダムスの予言」

西行の和歌(寂しさに耐えたる人のまたもあれな・・・) 1