掌編小説 「ノストラダムスの予言」


    

               「ノストラダムスの予言」

 19997月、夏休みの前日、後ろの席の智子が、真理子の背中をつついた。

真理子は、英語の加藤先生が板書しているのを見計らって、振り向いた。

智子は白い紙切れを、差し出した。真理子は素早く受け取った。

「ノストラダムスの予言の7月が終わろうとしているが、まだ安心はできない。もしも

30日まで何も起こらなかったら31日が危ない。その日は裏山の洞窟にこもって一緒に最

期を迎えよう。賛同するものは山の下の神社に午後6時に集まれ。その際、最後の晩餐に

饗するものを各自用意してくること。浩二」

 真理子のクラスでは、誰が言い出したともなく、地球はノストラダムスの予言通りに7

月中に滅びるという噂が流れていた。それを笑い飛ばすものもいたが、真剣に青ざめて信

じるものもいた。

 真理子は信じない派に属していた。500前に生きたノストラダムスから見れば、1999

年は想像もできないくらい遠い未来であったかもしれない。現に真理子にしても、西暦2500

年の世界を想像してみろと言われたら、地球が生み出す食料が、増大化した人類の胃袋を

賄いきれず、殺し合いが起こって人類が絶滅していると想像するかもしれない。

しかし1999年の現時点から500年前の日本を考えてみると、室町時代である。

日本ではあまり変わりない庶民の生活が500年後の今でも綿々と続いている。

とすると、地球はまだまだ続いていくと思うのだった。

 浩二はその考えは方向違いだと言った。

 地球の終わりは突然に空から降ってくるのだ、と主張した。

 例えば、超巨大な隕石が地球と衝突して、地球が一瞬にして燃え上がり、地

球そのものがなくなるのだと言った。

 クラスの中で武夫が浩二の考えに同調した。

 智子は武夫に憧れていたので武夫の言うことを信じておびえていた。

智子の好きな清は半信半疑ながら智子に従って心底予言を信じているふりをした。

清を心の中で熱愛していた花江は、清が言うことは正しいと思い込み、心底ノストラダムス

の予言を信じ切っていて、勉強も手につかないぐらい怖がっていた。

 真理子は、信じてなかったけれど、皆の様子を見たいと、洞窟に行くことにした。

 731日集まったのは、浩二、武夫、清、智子、花江、そして真理子の6人だった。

 真理子以外は、屠殺場に引かれていく牛のように、不安げに首をたれて、沈黙して神社

きの階段を山の方に登っていった。中腹まで来たとき、花江の嗚咽する声が聞こえた。

 浩二が、「泣くな、皆で滅びるのなら怖くない」と振り返って言った。

 その声を聞いて、智子も泣き出した。真理子は、智子の後ろから「地球は滅びたりしな

から、安心して」と慰めた。

 小一時間登ったところに、洞窟があった。もう薄暗くなっていた。

「さあ、敷物を敷け」という浩二の指令で、

皆はピクニックシートを出して広げた。

 武夫が、トランジスターラジオをつけた。

「彗星接近のニュースはないか」と清が聞く。

「今の所ないな」と武夫は言った。

 真理子は、演歌がのんきに放送されているのを聞いて、笑い出しそうになった。

 洞窟の中は暗くなっていた。皆はそれぞれに持ってきた懐中電灯をつけていた。

 「さあ皆、最後の晩餐にかかろう。それぞれ持ってきたものを出そう」と浩二が言う。

 「花江、何を持ってきた?」と浩二が聞くと、花江は「これ」と言って、あたりめの入っ

小さい袋を出した。

「何でするめなんだ?」と聞くと花江は「ガムのように噛んでいたら、恐ろしさを忘れれ

る」と言った。

「智ちゃんは何を持ってきたの?」と花江は聞いた。

「私は乾パン」と言って、乾パンの缶を取り出した。

「もし、この洞窟で私達だけが生き残ったら、乾パンで生き延びようと思って」

 浩二は途中で買ってきたと、たこ焼きを出した。

 武夫は、おかんの目を盗んで、夜のおかずのコロッケ一つ、清はたくあんを3切れ、

真理子だけがおにぎりを六つ持っていた。

 最期の晩餐はうわの空で終わった。

 ラジオのニュースは地球の最期からはほど遠いのどかなものだった。

 それでも12時までは安心できない。

 花江は「なんまぶつ、なんまぶつ」と泣きながら唱えている。

 やがて12時の時報が鳴った。その時洞窟の外でガタっという音がした

 花江が「キャー」と言って智子にしがみついた。

 智子は武夫にしがみついた。

 清は花江に、浩二は真理子を抱きしめた。

 皆はラグビーのスクラムのようにぐちゃぐちゃになって、抱き合った。

 しばらくたったが、何も起こらなかった。

「生きていた!」と皆は半べそをかきながら、団子のようになっていつまでも抱き合ってい

た。

 

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